エコロジーふとん専門ネットショップ グッスリー
2012/03/11
やっと光が・・・
 東日本大震災から1年が経った。
政治は一体何をやって来たのだろう。
 がれきが最終処分されたのは、1年を経って、わずか6%である。
 復興庁が設立されたのは、震災から11ヶ月が経った2月10日である。

 ニュージランドの地震では、政府により「非常事態宣言」が発せられた。
 しかし日本国憲法には「国家非常事態宣言」を発する規定が無い。
 戦後の占領下、GHQが「阪神教育事件」で1度布告しただけである。
(日本国憲法施行の約1年後であるが、やろうと思えばやれるみたいである)

 東日本大震災で国家非常事態宣言を発すれば、被災者の生命や財産を守るため、一部超法規的な行政措置を迅速に取れるものとなりそうだが、国民の権利を制限する事にもなるので、高度な政治判断が必要となる。

 この東日本大震災は、原発事故も含め、戦後2回目の国家非常事態宣言を発令しても何の不思議も無かったと思われる大災害とも言われている。
 それにより、原発事故対応や、がれき処理一つみても、もっとスピーディーに進められた可能性も高い。

 しかしながら、仮に国家非常事態宣言を発令していたとして、今の政治家に任せて適切な判断が出来たかどうかが一番の不安材料というのが、今の日本国民の置かれた最も不幸な所なのである。
(田舎まちの市議には言われたく無いだろうが・・・)

 被災地に「やっと光が見えて来る」までに、あとどれ程の年月を要するのだろうか。

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 私が士別市議の末席を汚すようになって何ともうすぐ6年である。
(先週は、第1回定例会で私の一般質問、今週は予算審査で6項目にもおよぶ質問を通告させて頂いた。
 市長側は、「やればいいってもんじゃない!」と思っているに違い無い・・・)

 さて、市議1期目最初の質問の一つが、「光ファイバーの誘致を!」と言うものだった。
 都市部に住んでいる方には、「まだ光回線も来てなかったの?」というのが率直な感想だろう。
 当時6年前のわが町には、光回線敷設の話は皆無で、CATVも無いので、ブロードバンド=ADSLであったのである。
(郊外の農村地域では、未だADSLの100分の1以下のスピードのISDNオンリーの所もある・・・
 お気の毒としか言いようが無い)

 日本の22%の面積に4%程の人口の北海道、しかも3人に1人が札幌市に住んでいる。
 札幌市近郊を含めた札幌圏に住む人は、北海道民の実に4割を越える一極集中となっている。
(どうしてそんなに札幌が良いのだろう。そもそも私は味噌ラーメンが嫌いだ・・・
         関係ない?)

 つまり、札幌と一部の中核都市を除いて、人口密度の極めて薄い北海道では、費用対効果の関係で、民間企業であるNTT東日本は、おいそれと光回線の敷設はしてくれないのである。
(かつて、ネット社会の到来により、都会と田舎の情報格差が解消し、在宅勤務で通勤ラッシュも解消!・・・
 と予想したエコノミストの皆さんは、ぜひとも責任を取ってほしい)

 そこで、民間・行政と力を合わせて、光ファイバーの誘致をしようと議場で訴えた訳である。

 結局、腰の重い行政を尻目に、質問した本人が、2006年11月「しべつ光ファイバー誘致の会」なるものを設立するために奔走する事に。
 地元商工会議所会頭を誘致の会会長にお願いして、副市長を副会長に、観光協会長などにも役員になって頂き、自ら運営委員長として、誘致実行部隊のリーダー役となってしまったのである。
(この地域では、当時はNTT東日本の商品名「Bフレッツ」という光サービスを誘致していたが、いつのまにかその後継サービスが「フレッツ光ネクスト」となっている。私は「Cフレッツ」になると思っていた。
  まぁ「Aフレッツ」も無かったが・・・)


           UP

 そこで当時始めたのが、「Bフレッツ」の一定の仮申込み数を誘致の会が足で稼ぐと、光回線化が早まるという作戦であるが、NTT東日本によると、「仮に光回線工事にゴーサインが出ても、一気にわが町の中心部の光回線化は無理で、東西2分割で年度を分けての工事となる」と言う説明。
 そこで仮申込み募集を東西どちらを先行するかで協議した結果、東側地区を先行する事に決定。

 これは、私も含め誘致の会の運営委員の殆どが住む西側地区をあえて後期にすることにより、誘致運動のエネルギーの維持を図るためである。
(こう言うと何とも美談だが、結果的に我が家が光回線化したのは実にそれから5年半も待つことに・・・)

 誘致の会が発足した半年あまりの翌年の2007年6月、運動が功をなし、東側地区の光ファイバー敷設がNTT東日本より正式発表、秋には一部サービスの提供が始まったのでした。
(この流れで、翌年の2008年秋には我が家も光回線化するもくろみでした・・・)

 ところが、2008年7月に開催された「北海道洞爺湖サミット」への対応のため、その年の北海道内の光回線工事の多くの予算がサミット開催地域に集中投下され、この年の他の地域の光回線敷設が止まってしまったのでありました。
(NTTは3分の1超の大株主である政府の言う事を無視出来ないである。
 それにしてもわずか3日間のサミットのために、北海道の田舎の光回線化が少なくても1年間遅れたのである。
 国民より国賓の方が大事ということなのか!?)

 2009年こそ!
と思ったが2009年2010年と、「地域情報通信基盤整備推進交付金」などの国の補助制度を活用し、民間企業によるブロードバンド化が難しい町村などで、自治体が全町を光ファイバー化する事業が全道的に展開。
 光ファイバーにより地デジ難視聴問題も一気に解決するため、2011年の地デジ完全移行前に工事が集中。
 事実上の独占受託事業者のNTT東日本は、税金で工事費を頂いて敷設するため当然ながら最優先、この2年間は自前敷設は足踏み状態に・・・

 結果的に、私の住む西側地区の光ファイバー敷設が正式発表されたのは、昨年の2011年9月となったのでありました。
(東側地区の発表より、実に4年3ヶ月も遅れたのでした。
  西側を先にしておけば良かった!
  ・・・何ては言いませんが、あんまりだと思いませんか?)

 その後早い所で、昨年の11月から12月には開通するというお話だった。
 年前には、私の知人宅がどんどんと光回線が開通して行く中、私の所には電話1本来ない。

 誘致の会の旗振り役で、NTTの旭川営業所所長にも何度と要請にお伺いしているが、もしかして忘れられている?
 慌てる事は無いが、さっぱり工事の連絡も来ないので、12月初旬に確認をしてもらった。
 結論から言うと、ずばり忘れられていたのである。
工事のスケジュールは随分と先まで埋まっていて、それから更に待つこと4ヶ月弱後の3月1日、あの質問をしてから5年と9ヶ月、やっと我が家に光が来たのである。

 士別市の予算を1円も使わず、市内中心部の光回線化を実現した所だが、光回線はとっても早いが、光回線が来るのはとてもとても遅いと感じた次第である。

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 私のような無信心ものにも、少しは神の教えを伝えようと、主にキリスト系の信者さんが時々布教に訪れる。

 残念ながら、相手側の時間の無駄になるので、早々にお引取りを願う。

 先日も信者さんが来て、「聖書の教えを」と冊子を私に手渡そうとされた。
 あいにく風邪ぎみだった私は、「風邪移りますよ!」と言ったら、冊子を持ったまま大きくあとずさりをされた。

 キリストの教えも大事だが、風邪をうつされない事も大事なのである。


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